リレーコラム もくlog

リレーコラムもくlogは、木造建築に関する出来事や気になる情報、各取り組みへの感想など
協議会会員を中心にリレー形式で定期的に掲載するページです。

デンマークで、改めて考えた「建物を長持ちさせるということ」
執筆・制作者
大橋好光(東京都市大学 名誉教授)
掲載年月日
2024年10月1日
掲載年月日
2024年10月1日

 デンマークを訪れた。ツアーのタイトルは「カーボンニュートラルのまちづくりを視察するデンマーク一周の旅」。デンマークは、カーボンニュートラルのまちづくりが世界一進んでいるとされる。
 かつては「北欧の貧しい国だったデンマーク」が、なぜ「カーボンニューニュートラル達成率世界一」「競争力世界一」「幸福度世界トップクラス」になったのか。それを直に見てみたいというのが目的だ。
 行ってみて、分かったこと、日本との違いはたくさんある。しかし、詳細は、文末の文献等に譲るとして、ここでは建築に関して1点だけコメントしたい。
 それは、とにかく建物を長持ちさせること、再利用、日本でいうコンバージョンが相当に進んでいるということだ。
 デンマークに住み、ガイドを引き受けて下さった小野寺さんのガイドでも、「以前は、ここは***だった。」という建物が多い。建物は転用するのが基本のようだ。会社や学校が、出て行っても、建物は残って、別の会社等が改修して入る。それを繰り返しているから、新しい建物が建つたびに、都市の建築資産が蓄積されていく。

写真1、2 コペンヒル・アマガーバッケゴミ発電所(2019年竣工)。屋上斜路はスキー場。

写真3、4 コペンハーゲン中央駅。集成材アーチ。(1911年竣工)

 コペンハーゲンの人口は81万人、オーデンセは20.1万人、オーフスは33.6万人。人口だけからいえば、日本にも同規模の都市はたくさんある。しかし、日本の同規模の都市に、あれだけの建築資産があるだろうか。建築資産は、街の社会資本の主要な要素なので、そのまま社会資本の蓄積の差になっている。
 その根底には、「建てた建物(構造物)は、そんな簡単には壊れない。人間が壊さない限り壊れない」との考えがあるらしい。「日本の建築の寿命が短い」は、何度も聞かされてきたことだが、改めて実感する。

写真5、6 アンデルセン博物館(隈研吾設計、竣工2022年)

 そして、「建築は長持ち」は、様々なところに波及効果を生んでいることに気づかされる。
 例えば、「だから、新築は、少し高くても良い。」に繋がっているようだ。見学した公共建築は、どうみても、単価が安いとは思えないし、ゆったりとできている。そして、「いいものを建てて、海外から観光客が来て、お金を落としてくれれば、もとは取れる。」という発想にもなっている。
 併せて、近年の街中の公共建築は、「子供の遊び場」や「若者の居場所」をいれるなど、日常的に利用できる施設にしているものが多い。それが、「公共建築物は市民の財産」という意識を更に高めている。日本は、「いずれ壊れてしまうもの」だから、「できるだけ安く作るのがよい」と考えているところが多い。日本のある自治体で、新しく当選した市長が、「前市長が進めた美術館建設を見直して*億円安いものにした」というのを誇らしげに書いているのをみた。それに応じて、設計も陳腐なものになった。それは成果なのだろうか。

 建築を蓄積していかないと、街の建築資産の量は、その時々の経済力の大きさとイコールだ。東京は「東京都市圏2400万人」GDP160兆円、ニューヨークと並んで「世界最大の都市圏」の経済力だから、東京の建築資産の総量は、確かに目を見張るものがある。だが、一人あたりで見れば、北欧の諸都市より低位に違いない。また、離れた郊外の住民が、都心の建築資産の恩恵に浴することは少ない。デンマークの建築資産は、過去のものも蓄積されているので豊かだ。写真に載せたものは、一部に過ぎないが、デンマークの人口は600万人。千葉県より少ない。

 また、個人のレベルでも、家は長持ちするものだから、北欧の若者に「自分が家を建てなければならない」というプレッシャーはない。家は基本的に壊れないし、そんなに価値が下がらないので、土地(戸建て)にこだわる必要がない。「都市に住むということは集合住宅に住むということ」で、気に入った場所で「部屋に手を加えて住む」のが当たり前のようである。
 また、デンマークは、大学授業料は無料で、医療費も基本的に無料、大学生には給付金がでるともいわれている。また、老後の社会保障も約束されているので、無理して貯金する必要もない。所得の半分以上が税金に取られるので、可処分所得の割合は小さいが、「日本ほど、貯金する必要がない」なら、半分でも十分のようにみえる。むしろ、「国に育ててもらったから、税金で還すのは当然」という言もあるし、あるいは、「税金は預金」と解説されることもある。

写真7、8 アロス・オーフス現代美術館(SHL設計、2004年竣工、2011年増築)

 一方、東京に戻って、改めて気づくのは、「戸建てが多い」ということだ。欧州では「市街地に戸建てはない」のが普通だが、日本は小さい戸建てがひしめいている。日本では「建物の価値はなくなる」し、「家はいずれ建て替えないといけない」、つまり建物の資産価値はなくなってしまう。そこで、いつかは、価値のある土地つきの戸建てに住まないといけないという信仰が強い。

 以上の関係を、より具体的に、カーボンニュートラルの視点から考えてみたい。
 現在、「カーボンニュートラル」で注目されているのは「エンボディド・カーボン」、つまり、建設時のカーボン排出である。もうお分かりの通りで、建物を長持ちさせれば、「時間軸も考慮に入れた、社会全体のエンボディド・カーボン」を大きく減らせることは明らかだ。カーボンニュートラルを進めるための、建築分野の一つの施策として、建物が長持ちするように、制度を変えていくことが、カーボンニュートラルを実現するためには効果的に違いない。
 そして、その肝は「固定資産税」の考え方にあると思われる。「建物を長く持ち続ける方が徳になる税制」が必要だ。しかし、残念ながら、私にはその方面の知識がないので、これ以上は深入りできない。ただ、日本がカーボンニュートラルを本気で実現するには、そうした議論も必要になるだろう。

写真9、10 オーフス市役所(アルネ・ヤコブセン設計、1941年竣工)

 現在、日本では、木造建築が注目されている。その主眼は、木材の炭素固定効果だ。そして、炭素は、固定状態を長く保つこと、すなわち時間での積分が大事だ。木造建築を、これまで以上に長持ちさせれば、地球温暖化防止への効果は倍増するはずだ。これから建てる木造建築は、是非とも長持ちする設計としてほしいものである。

 さて、デンマークと日本の違いは、建築などの外形的なことだけでなく、その根底にある価値観の違いに思える。すなわち、何が大事かの考え方の違いだ。そして、デンマークが、「大人の社会」に見えるのは私だけだろうか。高度経済成長期やバブル経済など、「若者の勢いの経済」を経て、日本は人口減少社会に入っているが、建築に関わる社会構造は、新しい時代にふさわしい仕組みに転換できつつあるのだろうか。
 日本にも、北欧建築、あるいは北欧社会のあり方に、多くの支持者がいる。その理由の一端に触れたのでした。



デンマークの文献
中島健祐、デンマークのスマートシティ
安岡美佳他、北欧のスマートシティ
村井誠人編著、デンマークを知るための70章
「BUSINESS INSIDER」の連載、「北欧はなぜ幸福の国になれたか」シリーズ

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