リレーコラム もくlog

リレーコラムもくlogは、木造建築に関する出来事や気になる情報、各取り組みへの感想など
協議会会員を中心にリレー形式で定期的に掲載するページです。

息を呑む木造建築
執筆・制作者
大橋 好光(東京都市大学 名誉教授)

 8月末、フィンランドを訪れた。NPO法人木の建築フォラムが企画したツアーで、去年のデンマークに続く、北欧シリーズ第2弾である。主な見学先は、アアルト建築と現代木造、そして古い町並み。欲張りな内容だが、実際、1日に何カ所も巡るような日程で、高齢の参加者にはややハードだったかもしれない。
 見学したアアルト建物については、意匠設計者でもない私に「巨匠アアルト」を語る資格はないので、ここでは、単純に私が、「凄い」とか「よくやるよ」と感心した建築を紹介するにとどめる。なお、建物解説のほとんどは、「見学先資料」からの引用である。この資料は、ツアーの行程調整も含めて、企画全体をまとめた横田昌幸さんの作成であることを記しておきます。

ヘルシンキ中央図書館オーディ

 設計はALA、構造はArup。鉄骨構造、延べ面積は23,000㎡、竣工2018年。竣工以来、世界最高の図書館との評判が高い。図書館と分類されるが、図書館機能だけではなく、ホールやスタジオ他、市民のさまざまな活動ができるスペースが入っている。巨大な鉄骨のキールトラスで大空間を支えており、1階主要部はほとんど無柱。2階はその構造階で、鉄骨キールを避けるように諸室が配されている。外層はガラスと欧州アカマツの板張り。写真右のうねった大庇のデザインも圧巻、この部分も仕上げ材は欧州アカマツだ。また、最上階(3階)が図書館で、雪が積もったかのような軽快な意匠を持つ。その3階のバルコニーからは、公園を通して国会議事堂やフィンランディアホールも望むことができる。

オーディ(ヘルシンキ中央図書館)

同 玄関前の大庇部分

ストーラエンソ本社ビル

 設計はAnttinen Oiva Arkkitehdit Oy、構造はSweco Rakennetekniikka。延べ面積は23,000㎡、竣工2024年。建物の半分がストーラエンソ本社で、半分がホテル。ストーラエンソは、ご存知の巨大木質建材会社。この建物も、同社が製造するCLTやLVLがふんだんに使われている。何と言っても、写真のエントランスがみどころ。トップライトから降り注ぐ光が、わん曲CLTの方立に光を落とす。下には、大きな木の塊のベンチが円形に配置されている。写真右は、オフィス部分の吹き抜け。中央に配されたリフレッシュ空間で、ここも木質材料に囲まれている。

ストーラエンソ本社ビル

同 本社事務所側の吹き抜け部分

聖ヘンリー・エキュメニカル礼拝堂

 設計Sanaksenaho Arkkitehdit Oy、延べ面積300㎡、2005年竣工。急勾配のわん曲集成材を合掌に組んで屋根を構成する教会。合掌は少しずつ曲率と高さが変化しており、中央が少し膨らんでいる。一様ではない。屋根は銅板葺であるが、祭壇の脇部分はガラスで、祭壇に光が降り注ぐ。内側の合掌集成材にも光が届いて、ひだ状になることを計算ずくで設計しているところが上手。

クオッカラ教会

 設計アンジー・ラッシラOOPEAA、延べ面積1,250㎡、2010年竣工。両側壁に菱形の格子がつけられているが、それが天井部分で中空でわん曲して繋がっている。そこに、ハイサイドからの光が注ぎ込む。ちょっと考えれば思いつくような仕掛けだが、降り注いだ光が、竹細工の駕篭のような繊細で優しい空間を作り出している。正面の祭壇やその脇も、光が差し込んで凹凸を浮き出させるようなデザインとなっている。

聖ヘンリー・エキュメニカル礼拝堂

クオッカラ教会

ヴィーッキ教会

 設計JKMM、延べ面積2,000㎡、2005年竣工。純木造による教会。直交する梁を4本の柱で挟む構造。この組み合わせは、「日本にもありそうだな」と親近感がわく。建具や家具なども徹底して木造としている。祭壇背後の壁面に、脇から間接光が入ってきて、シルバーの模様を浮き出させる仕掛けがある。また、建具の細かい格子は、日本の格子を彷彿とさせる。更に、外装もアスペン材のシングル葺き。

ヴィーッキ教会

同 内部側面

グッド・シェパード教会

 設計Juha Leiviska。2003年に増築したもの。「光の教会」として有名。祭壇に並ぶ壁柱のような部材は、コンクリートのものと集成材のものがある。白く塗られているので、じっくり見ないと区別できない。この壁柱の間に、裏側から間接光が差し込み、水色や黄色がかった光が揺らめく。そして、この光の揺らめきは、太陽の移動とともに変化するという仕掛け。天井から下がる暖色の照明もデザインされている。

グッド・シェパード教会

同 正面祭壇の右側

 どの建物も光の使い方が絶妙で感心しきりである。そういえば、アアルトの建物もそうだった。「北欧建築は特に光の使い方が上手」を、改めて認識した。

 しかし、フィンランドで木造建築をみていると、日本と何が違うのだろうかと考える。一つは、意匠設計が上手だということだ。聖ヘンリー・エキュメニカル礼拝堂や、クオッカラ教会は、構造的には特別に難しいことはない。しかし、そうした技術を使いながら、光をうまく操って、はっとさせるような空間作りは、上手というしかない。

 日本では、まだ木造建築になれた意匠設計者は少ない。そのため、木造建築の設計では、架構の形は技術者主導になることが多いようだ。「構造ができないと言うのだから仕方ない」というパターンだ。もちろん、日本は、フィンランドとはまったく事情が異なるので、フィンランドのような自由な設計はできないことも理解できる。「あれは教会建築で、ハレの場だから」も「日本と地震力や風圧力の条件が違う」、「防火の規制が緩い」など、いずれも当たっていると思われる。それでも「それだけが理由だろうか」と思ってしまう。日本では、構造設計者の言いなりと感じることもある。もう少し、意匠設計者が頑張ってもいいんじゃないかな、と思う。

 例えば、今回の建物でいえば、ヘルシンキ中央図書館(オーディ)では、巨大なキールがあるが、意匠的にはまったく活用されていない。あれだけ大きなキールは、意匠的にも使いたくなるだろうにと思うが、まったく裏方扱いだ。確かに、あの軽快な意匠とキールの構造表現は相容れない。この建物では、構造は完全に黒衣なのである。キールのある2階に行っても、これが建物を支えているキールだと気づく人はほとんどいないだろう。「何だこの邪魔くさい斜めの壁は」程度だ。

 一方で、日本のそうした状況は、構造関係者からは「木造はまだ『構造設計』が残っている分野」という前向きの評価もある。難しいところだ。前述のヴィーッキ教会は「架構を意匠に」も使っているところが最大の見せ場で、そのため意匠設計者らしい工夫は、祭壇周りに限定されている。「日本でもありそう」と感じるのは、そのあたりなのかもしれない。意匠と構造の協力の仕方は、建築設計の永遠のテーマだ。

 さて、視点は変わるが、ここにあげた「美しい北欧建築」に共通するのは、「いいものを建てて長持ちさせよう」という考えが、施主と設計者とで共有されていることだと思う。そして、もちろん、それは日本にも当てはまる。「いい建築が建つ」条件とは、そういうことなのだ、と改めて納得した。日本でも「息を呑む」木造建築が増えることを期待したい。

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